「背すじをピンと伸ばして、つま先から着地して……」
そんな風に「正しい歩き方」や「正しい呼吸」を頭で一生懸命考えて、
意識しながら動こうとしたことはありませんか?
実は最新の脳や神経の科学では、
「歩き方や呼吸は、頭で考えてコントロールしようとするほど、かえって体が不調を起こしてしまう」
ということが分かっています。
私たちの体に備わっている、ちょっと不思議で、とても賢い仕組みについて、
分かりやすく解説します!
① 意識しすぎると脳がパンクする!「自動おまかせモード」のヒミツ
人間の体には、たくさんの骨や関節、筋肉があります。
歩くときや息をするときに、
「右の太ももの筋肉をこれくらい縮めて、次に左の足首を……」
「右斜め前に、気になる広告があるな、上司がまた怒ってる、、、」
なんて脳が全部を処理していちいち考えて命令していたら、
脳の計算メーターは一瞬でマックスになり、パンクしてしまいます。
そこで私たちの体は、進化の過程で、
背骨の中(脊髄:せきずい)や脳の奥っこに「歩行や呼吸の自動プログラム」
を作り出しました。
脳がいちいち命令しなくても、
勝手に今の体で動かしやすい状態を作ってくれる
「自動おまかせモード」
が、生まれつき体に組み込まれているのです。
参考研究「 Spinal cord modularity: evolution, development, and optimization and the possible relevance to low back pain in man. (2010) 」
発表年: 2010年
エビデンスレベル: レベル5(専門家による包括的なナラティブ・レビュー論文、および動物・計算モデルの統合)
対象(論文の数): 著者らの過去十数年におよぶ脊髄神経科学・バイオメカニクスに関する膨大な基礎研究(数十本以上の関連研究)を統合・考察。
研究の内容: 脳が全身の筋肉を一つ一つ意図的に制御しようとすると、計算量が膨大になり動けなくなる(次元の呪い)。これに対し、脊髄(Spinal Cord)にあらかじめ備わっている「運動プリミティブ(モジュール構造)」が、どのようにこの計算を簡略化し、歩行や姿勢保持を自動化しているかを解き明かした研究です。
研究方法: カエル、ラット、霊長類などの動物実験データ(脊髄への微小電気刺激や光遺伝学的な神経活動記録)、および人間の腰痛患者の筋電図(EMG)データをバイオメカニクス的・計算論的に解析した過去の知見を多角的にレビュー・統合。
研究結果: 歩行や呼吸などの原始動作のベースは、大脳(意識)ではなく脊髄内のネットワークが「基本モジュール(筋肉のセット)」として一括制御していることが実証されました。これを意図的にコントロール(介入)しようとすると、システム全体の最適化が崩れ、人間においては慢性的な腰痛や運動パターンの機能不全を引き起こす原因になり得ることが示されました。
論文名: Spinal cord modularity: evolution, development, and optimization and the possible relevance to low back pain in man.
著者: Simon F. Giszter, Corey B. Hart, Sheri P. Silfies
URLリンク: PubMed
② 意識しすぎると「脳がバグる」
この「自動おまかせモード」が動いているとき、
脳は余計な仕事をしないように、
歩く感覚や呼吸の感覚を「背景」に押し込んで、
あえて意識させないようにしています。
そうすることで、私たちは「あっちから車が来た!」
とか「友達の話がおもしろい!」といった、
外の世界の重要なことに集中できるのです。
しかし、ここで頭(意識)がしゃしゃり出てきて、
「右足はこう! 呼吸はこう!」とコントロールしようとすると、
脳のシステムは大混乱します。
脳のバグ:
本来自動でやってくれるはずの運動のリズムを、
頭(意識的に)が無理やり変えようとするため、
脳の中で「あれ? おかしいぞ?」というエラー(バグ)が起きます。
これが原因で、動きがぎこちなくなったり、(意識してない身体の部位は本来の動き方とは別パターンのため、うまく動かすことができず、無意識に他の部位の筋肉や動きを使って動こうとしてしまいます。)
また、自分の体なのに自分のものではないような、変な違和感を抱いたりすることが研究で分かっています。
③ 実験で証明された「意識するデメリット」
ある海外の有名な研究で、
動くバランスボードの上に立ってもらうテストを行いました。
グループA: 「自分の足の動き」をしっかり意識してバランスをとる。(バランスボール上で右手側に傾いたら、左足を右に持ってこよう!と意識させるなど)
グループB: 自分の足ではなく、「足の下にあるボードの目印」を意識してバランスをとる。
結果は、自分の足を意識したグループAのほうが、
体に変な力が入ってガチガチになり、
バランスを崩しやすくなりました。
さらに、別の作業を同時にこなすスピードも遅くなってしまったのです。
つまり、
自分の体の動きを意識すればするほど、筋肉がケンカして硬くなり、運動のパフォーマンスが落ちてしまう
ということです。
参考研究「The automaticity of complex motor skill learning as a function of attentional focus.
Gabriele Wulf, Nancy McNevin, Charles H. Shea (2001)
運動学習における「内省的注意(意識の介入)」の弊害
発表年: 2001年
エビデンスレベル: レベル2(ランダム化比較試験:RCT)
対象者の人数: 32名(健康な成人をランダムに2グループに分類)
研究の内容: 運動を行う際、自分の体の動き(足の動きなど)に意識を向ける「内部焦点(Internal Focus)」と、運動がもたらす外部の効果に意識を向ける「外部焦点(External Focus)」が、運動の自動性(無意識的なスムーズさ)にどのような影響を与えるかを検証した、運動制御論における極めて重要な実験です。
研究方法: 参加者は動くバランスボード(スタビロメーター)の上に立つタスクを行います。
内部焦点グループ:「自分の足の動き」に意識を集中するよう指示。
外部焦点グループ:「足の下にあるボードのマーカー(目印)」に意識を集中するよう指示。
自動性を測定するため、バランスをとりながら「音が鳴ったら手元のボタンをできるだけ早く押す」という二重タスク(プローブ反応時間法)を実施。
研究結果: 自分の体(足)を意識した「内部焦点グループ」は、バランスの誤りが大きく、ボタンを押す反応時間も有意に遅くなりました。これは、自分の動きを意図的にコントロールしようとした結果、脳が運動の自動的・反射的な調整プロセスを邪魔してしまい(力みやフリーズ現象を引き起こし)、無駄な脳の計算資源を使ってしまったことを証明しています。
論文名: The automaticity of complex motor skill learning as a function of attentional focus.
著者: Gabriele Wulf, Nancy McNevin, Charles H. Shea
まとめ:じゃあ一体どうしたらいいのか、トレーナーと一緒にできること
私たちの体は、
本来「正しい歩き方」を頭で考えなくても、
自動的に効率よく動ける仕組みを持っています。
ただし、その自動運転は
「今の身体の状態」
に合わせて働きます。
関節が硬かったり、呼吸が浅かったり、
筋肉や感覚のバランスが崩れていたりすると、
体はその条件の中で最も安全な動きを選んだり、
今は危険な環境にいるのではないかと判断して
不自然な姿勢や歩き方、体を守るような状態が続いてしまうことがあります。
だから本当に大切なのは、
歩き方や呼吸の仕方そのものを意識して直そうとすることではありません。
呼吸や体幹の安定性、
関節の動き、足裏の感覚など、
身体の土台となる機能を少しずつ整えていくことです。
すると、脳や神経が本来持っている自動制御システムが本当に正しく働きやすくなり、
無理に意識しなくても自然で効率のよい姿勢や歩き方へと変化していきます。
トレーナーが一緒に提供する、
コレクティブエクササイズ、呼吸法、ピラティスでは、
この「動きを修正する」のではなく、
「自然によい動きが生まれる身体の土台を育てる」ことを目指して提供しています。
